
「失敗したら無駄」という思い込み
新しい技術や装置の話をすると、必ず出てくる意見がある。
「それ、失敗したら意味なくない?」
一見もっともらしいが、これは現場を知らない視点でもある。火災現場や災害現場では、完全成功だけが価値になることはほぼない。
現場はもともと失敗だらけ
火災対応は、理想的に進むことの方が珍しい。
- 想定外の延焼
- 見えない崩落
- 通れない通路
- 想定より高い温度
人間ですら失敗し、撤退し、計画を修正し続ける。
その中で「ロボットだけは完璧であるべき」という期待は、最初から現実とズレている。
途中まで進んだ事実が価値になる
仮にロボットが奥まで行けず、途中で停止したとしても、
- そこまで進めた
- それ以上は危険だった
という情報が残る。
これは人間にとって極めて重要だ。
行けなかった場所の手前が分かるだけで、突入判断は大きく変わる。
「壊れた理由」は最高のデータ
壊れた瞬間は、最も過酷な条件に到達した証拠でもある。
- 温度限界
- 振動限界
- 構造限界
これらは実験室では再現しきれない。
つまりロボットの故障は、現場そのものが行った耐久試験だと言える。
人が失敗する前に、機械が失敗する
このロボットの一番の価値はここにある。
- 人が怪我をする前に
- 人が撤退判断を誤る前に
- 人が無理をする前に
機械が限界を示す。
これは失敗ではなく、役割の達成だ。
現場目線で見ると「ありがたい存在」
もし現場に、
- すぐ壊れるが
- 何分かは情報を持ち帰り
- 危険ラインを示してくれる
装置があったらどうだろうか。
派手さはないが、現場の判断を確実に助ける。
消防や救助の世界では、こういう道具こそが長く使われる。
成功と失敗の定義をずらす
このロボットでは、
- 帰還できたか
- 長時間動いたか
では評価しない。
- 判断材料を残せたか
- 人のリスクを下げたか
ここだけを見る。
評価軸をずらすと、「失敗」という言葉自体が意味を失う。
技術は主役でなくていい
ロボットが主役になる必要はない。
- 現場判断を支える脇役
- 失敗を先に引き受ける存在
それで十分だ。
技術が控えめになるほど、人は安全になる。
失敗を許容するから、現実に近づく
完璧を目指す設計は、たいてい机の上で止まる。
一方、
- 壊れてもいい
- 短命でもいい
- 失敗しても役割がある
そう割り切った瞬間、技術は現場に近づく。
このアイデアの立場
このロボットは、
- 英雄にならない
- 注目もされない
- 展示会映えもしない
それでも、
人が一歩踏み出す前の不安を減らす。
それだけで、存在する意味がある。
ここまで書いてきた内容は、
- 妄想の否定
- 技術の現実化
ではなく、
失敗を引き受ける技術の立場表明である。
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