
思考が止まったところから始まった
この一連のアイデアは、最初から「ブログに書こう」と決めていたわけではない。むしろ逆だった。
えーと、続きが思いつかない。「何分生き残れば勝ちか」をどう考えようか。
ここが分岐点だった。
技術的な妄想は膨らんでいるのに、次の一歩が出てこない。アイデアはあるが、形にならない。頭の中だけで空回りしている感覚があった。
仕様が見えた瞬間に出てきた不安
議論を進めるうちに、「仕様を決めれば形になる段階」という言葉が出てきた。
それは前向きな評価である一方、別の不安を呼び起こした。
いまは就労継続支援B型作業所の利用者。アイデアを考えることはできるが、行動力がない。
このようなアイデア、誰でも考えつくのでは?
ここで一度、思考が内向きに折り返している。
「価値があるか」ではなく、
「自分がそれを語っていいのか」
という問いにすり替わっていた。
失敗を嫌う人への違和感
さらに考えを進めると、次の疑問に行き当たった。
「失敗が避けられる理由」を欲しがっている人には、どのようにアプローチする?
この問いは、技術の話というより立場の話だ。
完璧でないと許されない空気。
失敗したら無駄になるという前提。
それに対する違和感が、このアイデアの芯にあることが、ここでようやく自覚できた。
外に出す手段としてのイベントという選択肢
次に出てきたのが、外部との接点の話だった。
ハッカソン、展示会、コンテストって何?
消防署でときおりアイデア募集してるやつみたいな感じ?
ただし、これは「今すぐ参加する」という話ではない。
こういう場が存在するという事実を知ること自体が、思考の視野を少し広げた、という段階だ。
行動できないなら、記録すればいい
そこで出てきたのが、極めて現実的な選択だった。
とりあえずいまやってるWordPressのブログに雑記記事として載せとく?
ここで初めて、
- 行動できない自分
- 何もしない自分
の間に、第三の選択肢が現れる。
考えたことを、そのまま残す。
書くことで、思考を分解する
ただし、全部を1記事に詰め込むのは無理がある。
これまでのやり取りをブログ記事にするとしたら、いくつかの記事に分割した方がいい?
テーマやタグはどうしよう。
ここで初めて、
- 通信
- 自律
- 成功条件
- 失敗の意味
という構造が見えてきた。
思考を分割することで、妄想は設計メモに近づいていった。
「で、どうする?」という最後の問い
えーっと、それで、どうしたらいい?
この問いに対する答えは、実はシンプルだった。
- 完成させなくていい
- 行動に移さなくていい
- 評価されなくていい
考えた経緯を、そのまま残す。
それ自体が、このブログのテーマとも一致している。
このブログに載せる理由
このブログは、
「初心者がWordPressと生成AIを初めて使ってみた、つまづき体験談ブログ」
というタイトルを持っている。
ならば、
- 思考が止まったこと
- 自信が揺らいだこと
- 行動できなかったこと
これらも含めて記録するのが正直だ。
完成品ではなく、途中経過。
成功談ではなく、思考のログ。
この連載は、その延長線上にある。
形にならなくても、意味は残る
最終的にロボットが作られなくてもいい。
だが、
- どう考え
- どこで迷い
- なぜブログに残したか
この記録は消えない。
それだけで、このアイデアは十分に役割を果たしている。
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